2009年11月 2日

人類における最大の失敗

神を作ってしまったこと

2009年10月27日

金を心の炎で燃やせ。

もう心に火は灯った。

後はそれを絶えることなく燃やし続ける燃料が必要だ。

簡単なことで難しい。

働くということは。

人生の糧となる、燃料となるのは金だ。

金を心の炎で燃やせ。

燃やし続けろ。

G

2009年6月13日

人は本能

人は何故、生きる。

その答えは自分で見つけるしかないが・・・。

だが、人類は滅ぶときが来る。人類滅亡だ。
この視点に立ってみると、結婚して子供を生み出しても、全く無意味な結論になり、生きている意味など無い。


ただ、地球に数年生きれば、滅亡など先の先ということは鮮明になる。これは、人種や、国、環境、所得、性別によっても感じ方は様々だろう。

もし、北朝鮮で、飯も食えずに路頭に迷っていたら、あぁ俺はもう先は長くないんだという観念が浮かぶはずだ。この危機的状態になったら、生を欲するはずだ。死に直面すれば、生きたいという感情が露呈する。
例えば、地震で瓦礫の下に埋もれて重傷負いながら何時間も動けなかったりしたら、地獄だな。そんな状況では神にも縋るか?精々お前の国の宗教の神にしてくれよ?新興宗教に祈ってても無駄だぞ。

人は本当に本能で生きているんだよ。

俺も何度かその経験はある。たとえば、交通事故の瞬間はどうだろう。アッ危ないと思って、反射で避けるのではないだろうか。絶対に死にたくないんだろうな。自ら突っ込む人は自殺志願者ぐらいだろう。

戦争はどうだろうか?
武力による殺し合い、世界の歴史は戦争に始まり、戦争で終わる。
戦争になると、人を殺した数だけ英雄になり、他人の生命活動を剥奪して、この地球、地上に残りたいという生を欲する。
これは宇宙の原則に矛盾している。人は祖先を残し、この宇宙を発展させるために生きているが、人同士が殺し合って・・・つまり人類滅亡のレールに乗るわけだ。まぁ簡単に言えば核の使い方一つで、世界は、いや人類の歴史は変わる。もう遅いが。

何故人は殺し合うのか。(人は何故愛し殺し合うのか?)
単純に言えば土地。つまり自分の領土にしたいわけだ。
歴史は戦争。
その人類の短すぎる歴史は、いつか無。
戦争になれば殺すのが快楽になる人もいる、それが少し問題なのだが。軍を抜けると犯罪、ドラッグや酒に溺れるという例が多数ある。つまり戦争中毒。一度人を殺すと止められないんだ。
いらないミニ情報(戦時中は夜に髭を剃る)

しかし、全てがローカライズされた、日常の生活では、宇宙のことなんて全く関係ない。日本にいれば平和で安全だし、戦争のことなんて関係ない。

じゃあ日本で、何を求める。

愛か?金か?名誉か?利権か?

そんなくだらないものは必要ない。
生きている(眠っていても)だけで幸せだろう。太陽が生かしてくれているから感謝しろよ。生命活動を維持するだけで、木の一本や二本成長してくれるだろう。人は酸素を吸い、二酸化炭素出すから。


今できることから始めようじゃないか。
環境活動を、CO2削減、温暖化対策。


話が長いと思ったら、結局それがいいたかったのか。


御免、たぶんインフルになりかけ?の頭がぼーっとした今書いているから適当文章。ホントインフルだったら?

でも熱は37.0℃だな。

ないじゃん。

2009年2月 6日

今を生きる、金を使え

何故、人は生きるのか。
それは結論が出ない質問だ。

色々な書物、名言、格言、等々に出てくるモノとして汎用性が高いのは、「生きる意味を探すために生きる」というフレーズだ。本当に何度聞いても下らないとしか思えない。だって生きる意味探している間に死ぬかもしれないんだよ。俺の人生なんだったのかと。

人生は、迷路。とか、夢のために生きるとか、愛するために生きるとか。そんな定義はホント瑣末なことで、「今を生きる、金を使え」これに尽きると思う。

なぜなら「今」を否定したら、人は生きていけないから。否定したら死ぬしかない。今を生きろ。(これもちょっと汎用性が高いけどね)

この現代社会、時間にとらわれずに生活(生きる)することは不可能になってきている。しかしながら、その中で少しのゆとり、癒し、リラクゼーションの時間を持つことが非常に重要である。無気力、鬱になることだけは絶対に避けなければいけない。

お金は使うためにあると思う。大学で経済を学んだけど、やはり、この不況の中、経済を回復するには、消費を増やすこと(金を使うこと)に尽きる。

貯めるより、使えと言いたい。

ゆとりというのはやはりそこである。ストレス発散は金を使うことで、発散できる。そして効用指数の最大のものを手にして、喜べばいい。

いつ死ぬか分からないんだから、金を使った者の勝ち。そして価値があるものを手にする。そして経済が回り、生きた証となる。生きるとは金を使って、経済を回す、つまりその人が社会の一部となることである。

注(あくまでも自分の意見を述べるものとする。)

2008年10月 2日

ティッシュをもらう人間ともらわない人間

生きているのが、生を受けているのが当たり前になって、平和な日本に住んでいると、自分の存在を忘却の彼方に追放してしまいがちである。

人は、ティッシュをもらう人間と、もらわない人間、この大きく言って二つしかいないと思う。
もらう人間は心にゆとりがある人、もらわない人間はどうも頭でっかちで、心にゆとりが無い人である。

ティッシュをもらわないと経済と社会がうまく回らないのである。
もらわない人は経済を発展させる意欲が無い人である。
そして、社会の大きな歯車に挟まっている石、つまりゴミである。


私はいつも街中のティッシュは必ずもらうようにしている。これが最低限社会で生きる人としての使命だ。

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2008年9月24日

ウェアネス オブ ウェアネス

俺は目覚めた、目覚めてしまったのだ。

人間、人はいつか必ず死ぬ。なんのために生きているのか分からなくなるときがある。

だけれど、長い人生包括的に考えると、一瞬の苦しみは、人生の過程でしかに過ぎない。人生楽しみたいなら、生きる目的とか、生きる意味とかそういうのを本気で探すたびに出てみないかと思ったのは今から5年前。

俺は何度もリストカットや、自殺企画、そして生死をさまよって迷いながら生きてきた。でも違ったんだ。そんなことをしても救われない。自分が情けなくなる。下らない人生に終止符を打ちたかった。そして生きる意味を探し続けた。

そしたらあるとき、目覚めたんだ。心のそこから生、私、神を感じた。
この世のすべての道理や理念が分かったんだ。何のために生きているか分かったんだ。もう苦しまなくていい。もう精神状態も悪くなることはない、してはいけないと目覚めたんだ。

意味とかじゃなかったんだ。この宇宙、銀河、地球に生まれ生を授かったら生きていかなければいけなかったんだ。